「ようけ働かんと食えんがの」

と、なんの意味もなく、ぼくは言った。
「なんと言ったの?」
「知らない」
「ヒンズー語みたいね。ヒンズーにこっている人が、友だちにいるのよ」
「日本語だ」
「ふうん」
「おじいさんが、口ぐせのように言っていた。なんという意味だか、忘れてしまった」
「もういちど言ってみて」
「そう言われると、出てこない」
ぼくは、笑った。
「あるとき、ふと、思い出すだけだ」
 
白い波の荒野へ/片岡義男