私は少女に答えねばならぬ、

答えねばならぬと体の中に走る戦慄を精一杯おさえて、どんな声で答えたかわからない。
「あなたのお父さんは、戦死しておられるのです。」
といって、声がつづかなくなった。
瞬間少女は、精一杯に開いた眼を更にパッと開き、そして、わっと、べそをかきそうになった。
涙が、眼一ぱいにあふれそうになるのを必死にこらえていた。
それを見ている内に、私の眼が、涙にあふれて、ほほをつたわりはじめた。
私の方が声をあげて泣きたくなった。しかし、少女は、
「あたし、おじいちゃまからいわれて来たの。おとうちゃまが、戦死していたら、孫のおじちゃまに、おとうちゃまの戦死したところと、戦死した、ぢょうきょう、ぢょうきょうですね。それを、かいて、もらっておいで、といわれたの。」
私はだまって、うなづいて、紙を出して、書こうとして、うつむいた瞬間、紙の上にポタ、ポタ、涙が落ちて、書けなくなった。
やっと、書き終って、封筒に入れ、少女に渡すと、小さい手で、ポケットに大切にしまいこんで、腕で押さえて、うなだれた。
涙一滴、落さず、一声もあげなかった。
肩に手をやって、何かいおうと思い、顔をのぞき込むと、下くちびるを血がでるようにかみしめて、カッと眼を開いて肩で息をしていた。
私は、声を呑んで、しばらくして
「おひとりで、帰れるの。」
と聞いた。
 
ふたつの悲しみ/杉山龍丸