探し出した話の中で、

いちばんなつかしく思うのは、ある男がひょっこりやって来て、「こういうのがありました」といって『抒情詩』を見せられたのには驚いた。何でも日露戦争の折、満州の牛荘と営口の間で斥候に出され、一人で馬に乗ってゆきながら、ふと道端に目を落とすと本が一冊落ちていた。珍しく思って拾いあげてみたら、なんとこの『抒情詩』であったというのである。そして「これは支邦まで行った本です」といいながら見せてくれたが、わずか千部しか刷らなかったのにと、深い因縁にしみじみと心を打たれたのである。
 
故郷七十年/柳田国男