昨夜は

Maから連絡があり、ワインとシチューをご馳走になる。
まもなく演奏会との事なので風邪をうつさぬよう注意する。
 
暖かいものとアルコールの働きで深い眠り。
まだ起きがけに鼻がぐずつくので油断は禁物。
 
午後、相変わらずダウナーに推移するが、
夕方に以前、仕事でお世話になった方が来られ、
あれこれと会話。
知り合った頃は彼が一番大変だった時期だが、
見事そこから脱出され、今は嘗ての知識を生かす仕事に。
あれこれと取りとめなく会話する内に宮座の話題が出て、
一乗寺八大神社
 
http://www.hatidai-jinja.com/index.html
 
二九(にのこう) 
 
http://www.thekyoto.net/kyoukyou/0902/090210_02/
 
の話題に。
両方とも全く知らずに本当に吃驚。
特に八大神社に至っては、あれほど近くで働いていたのに。
いやはや...全く、反省。
宮座、今でも健在とは。
(今でも当人以外は入れない部屋他、様々な規則を守ってるんだろうか....)
  
それと同時に長い年月の中、脈々と続いて来た「力」、
細々とではあれ続いて来たその積み重ねの歴史が、
すぐ傍らにある事に打たれる。
 
実家での念仏講で聴いたご詠歌、稚児祭で歩いた時の事を思い出す。
今日もTime Windを聴く。

    1. +

 
そして私は列車に乗っていた。待っているのはありとあらゆる現実なのだ。そこではありとあらゆる光に身をまかし、闇に意識を晒すこと以外の何物もなく、兆しだけがまるでやさしさのようにして私を取りつくすのだ。
 
意識体験の蟻地獄そしてカタストロフ/間章
 
例によってAquiraxライナー。
これをライナーノートとしてOKした日本コロムビアは凄い。
確かにクラウス・シュルツに釣り合う力がある文章。
米ならレスター・バングスに相当するか。

    1. +